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「動物の福祉」と「動物の権利」

人と動物の関係を考えるときに「立ち位置」を意識すると
理解しやすくなると思う。

例えば、「人と犬の暮らしのルール」を考えるとき、
自分の立ち位置が「動物の福祉」的なのか、
「動物の権利」的なのかで答えは変わってくる。

僕の理解の範囲で2つを比べてみるとこうなる。

「動物の福祉」は人間中心的な思考で、動物の利用を認める。
その代り、利用する動物の「福祉」に配慮すべきだと考える。
究極は動物を「食べる」という利用法になるだろうか。
作業犬や補助犬、動物実験も「3つのR」に配慮した上で
必要なら認める考え方だ。

「動物の権利」では、命は平等だと考える。
そのため動物の利用は認めない。もちろん「食べる」こともしない。
(犬の権利は認め、かつ牛肉を食べることは種差別につながる)
究極は動物を「所有」しないことにつながるだろうか。

双方とも動物に苦痛を与えることを良しとしないし、
QOL(生活の質)を大事にし、「5つの自由」を求める。
(後者はイギリスで産業動物の福祉の必要性から生まれた)

もちろん各々の考え方にも幅があるだろうが、
ペット(犬)について双方の考え方は微妙に異なるのではないかと思う。

「動物の福祉」的な発想のひとつの例がリーダー論だろう。
リーダー論は犬にとっての資源を管理(勝手に得られない)し、
人の許可でその資源を与えることで関係をつくる、という考え方だ。
(オペラント条件づけの確立操作とは分けて考えたい)

人が主導権を握って犬の行動を管理し、福祉を考えるということだ。
その上で、一方的な搾取ではなく、犬の意思をある程度尊重し共存する
という考えも含まれるだろう。

「動物の権利」的な考え方では、動物も人と対等な立場である。
犬の安全が確保される限り、自由を奪ってはならないし、
犬の意思を尊重した接し方をすることは必然だ。
犬は「仲間」であり、尊厳をもって扱われるべきである。
そう考えると犬を濫用する現代では「飼わない」という選択肢もある。

なんだか難しい話になってしまったが、
自分の立ち位置をはっきりさせておくと物事を判断する指標になる。

僕の立ち位置は、「動物の福祉」的な考えの中で
「動物の権利」に近いあたりをウロウロしている。
動物のお肉はおいしくいただいている。
もちろん犬は食べないが・・。



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