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学生と見学

そこに行ったのは何回目だろうか。
初めて行ったのはインストラクターになりたての頃。
動物を助ける手伝いができないかと、ある愛護団体に入会し、
施設見学の手続きをお願いし、早速、作業を見せていただいた。

当時は小動物施設管理公社と呼ばれており、
処分される犬や猫の総数は年間1万頭近かった。
当時の処分機は大がかりなもので、処分される犬猫のストレスも
大きいと感じた。

その後、職員の方々の努力と処分数の減少で設備は小型化し、
殺処分される動物のストレスも相当減ったのではないかと思う。
反面、作業を見せていただくに職員の方のストレスは
確実に増えていると思われる。


先日、夏休みの学外授業で愛護管理センターと名称が変わった施設を
学生と共に訪れた。
名称は変わっても建物自体は昔のまま。
職員の方々が製作した譲渡の犬猫のための手作りの小屋が増えた。
(といってもとても手作りとは思えない!)

施設を紹介するレクチャーを受け、
殺処分数を減らすために我々にできることを考える。
職員の方々がどんな気持ちで作業をされているかを知り、
死んでいく動物たちのことを想う。
そして殺処分の見学。

学生にどこまで見せるかを決めるのは難しい。
殺処分自体ショッキングなこと。それを目の前で見せるべきか?
自分自身の体験に基づいて考えれば、相当ショックではあったけれど、
「こんなことを許しておくわけにはいかない」という
自分の仕事に対する覚悟のようなものができた気がする。

で、しっかり見せることにする。
職員の方々もとても心配してくださったが、
学生を社会に送り出す側としては、現実を知らずして
ペット関連の仕事につくのは無責任なことだ、とも思う。

それぞれの動物たちがどういう理由で連れてこられたかをお聞きし、
犬が殺処分機に送られるのを見る。
もちろん殺処分を見ることを強要してはいない。
どの段階でも外に出られるようにし、学生個人の意思を尊重した。

が、実際にはすべての学生が最後まで見学した。
今回は殺処分後の遺体の確認まではせず、
処分機から音がなくなるまで見守った。
命の消える凍りつくような時間だ。

なんど経験しても心に刺さる体験。
学生たちの多くも涙していたように思う。
ペットに仔を生ませ、販売し、
育てる手助けをする仕事に就くであろう彼ら彼女らの、
安易な動物の飼育に対する警鐘の気持ちに「実感」が伴うだろうか。

見学後、気持ちを落ち着かせる時間をとるために
車で5分ほど離れたわが家に希望者を連れていく。
わが家の老犬としばし戯れ、笑顔がもどる。

今回愛護管理センターを見学したのは短大の1年生。
実は2年生の見学は食肉流通センターだ。
こちらもレクチャーを受けた後、
食肉衛生検査所の職員の方に案内していただき、
牛のと畜を見学する。
見事というべき職人技の流れ作業で牛が解体されていく。

頭に専用の銃を打ち込み絶命させ、あっという間に食肉になっていく。
人によってさまざまだろうが、正直に僕の心の衝撃を考えると
愛護管理センターでの気持ちの方が重い。
この違いは何なのだろうか?

同じ動物の命を奪う行為を見ているのだが、
一方は心がキリキリ痛み、
一方もショッキングではあるものの痛みは明らかに少ないと思う。
同行した仲間の教員にとってはそうでもなかったようだが…。

動物種によって扱い方や態度を変えることを
「種差別」と呼ぶ考え方がある。
われわれは動物の肉を食べて命を保っている。
一方で別の動物種をかわいがり、その動物種の殺処分に心痛める。

この二つの体験を通して「命」への問いかけから
学生は何を得るのだろうか。
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