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老犬と暮らす(5)

本格的な夏到来。
老犬には厳しい季節がやってきた。

昨年の7月だった。
秋田犬のはなさんの主治医の獣医さんからご連絡をいただいた。
10歳の秋田犬の介護が難しく、手を貸してほしいとのことだった。
が、介護のお手伝いはほぼ初めて。しかも高齢の秋田犬。
ということでいったんはお断りしたのだが、
とりあえず来て欲しいとのことでお付き合いが始まった。

幸いはなさんは僕にも慣れてくれて
酔っぱらったお父さんが一度手を咬まれたが、
その他は大きな問題もなく…というより驚異的な回復力で
その夏を越せるかどうかといった飼主さんと僕の心配をよそに
歩き回れるようになったのはこれまでのご報告通り。

野花


そのはなさんが亡くなった。
早朝、氷入り扇風機の氷を追加しようとお父さんが見ると
すでに亡くなっていた様子。
お電話をいただいて飛んで行ったときには冷たく固くなっていた。

その前の週には2度お家にお伺いして
動物病院に一緒に行き、褥瘡や耳の汚れをきれいにしてもらい、
週末には朝早くお散歩(車いすリヤカー)をしたところ。
日によっては歩きにくそうだったようだが、立たせると庭を歩き回り、
「この夏も越えられるかなあ?」ときっと大丈夫だと思いながら
飼主さんと笑ってお話ししていた。

前日の夜はご飯もしっかり食べ、甘いおやつももらい、
冷たい氷水をたっぶりのんで、いつものように休んだとのこと。
ゆるやかに覚悟はしていたものの、急だった。

飼主さんはずっと涙、涙。
はなさんがいてくれてこその出会いに感謝。
それまで知らなかった犬の生きる底力を教えてくれて感謝。
1年間、献身的な介護を続けられた飼主さん、
本当にお疲れ様でした。

はなちゃん、バイバイ。
合掌。
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ブルキナファソ

「ブルキナファソ」が何のことだか全く知らなかった。
西アフリカのサハラ砂漠の南端にある世界の最貧国のひとつだそうだ。

『世界の半分が飢えるのはなぜ?』
(ジャン・ジグレール著 合同出版)という本に出てくる。
この本は子どもとの対話形式で、平易な言葉で飢えを考える良書。

その中で数章を割いて解説されているのが「ブルキナファソ」。
この国にはトーマス・サンカラという人がいた。
とても若く偉大な大統領だ。
以下に本書の一部を簡単にまとめてみる。

ブルキナファソは、かつての宗主国フランスに管理され、
政治腐敗により非常に貧しく、国民は苦しい生活を強いられていた。
人口は1100万人で3万8000人の役人が国家予算の70%を
自分たちの給料にあてていて、足りない予算は援助に頼っていた。

トーマス・サンカラと仲間はこの国を変えるべく行動を起こした。
クーデターにより大統領になった4年間で農業生産は急激に増加し、
国家支出は大幅に削減され、生まれた資金は
住民に密着したプログラムに投資され、自給自足の農業に変わり、
社会構造も民主的で公正なものに方向づけられた。

ところがこの成功は近隣諸国に脅威を与えた。
特に近隣諸国の元宗主国フランス政府には放置できない状態だった。
サンカラは一番の親友コンパレオの手によって殺害される。
外国勢力に操られた自国の軍部による死で37歳という若さだった。

その後、コンパレオによる統治となり
もとの「普通のアフリカ」に戻ってしまったそうだ。
これは大昔の話ではなく、25年前に起こったことだ。
人間というのは愚かな動物だと自覚して生きるべきか。

「アラブの春」はどこへ行く?


共存のルール2

長い間、犬は自らの意思で人の周りをウロウロしながら生きてきた
と思われる。
今でも犬の先進国以外では、多くの犬がそうして暮らしているだろう。

DVC40011.jpg

日本でもそんな時代が長かったと思うが、
現在のように狭い場所に閉じ込められたり、
繋がれたりすることは、最近のことだと思う。
そんな急激な変化の中
現代の日本で犬が人と共存できるルールはなんだろうか?

生物的な限界に近づけば問題が起こる可能性が高まると想像できる。
そのため「犬」として最低限の自然な行動が許されることが必要だ。
「探索行動(ウロウロ匂い嗅ぎ)」
「社会行動(コミュニケーション可能な仲間がいる)」
「摂食行動(十分な食事と水が得られる)」
「健康維持(疾病や怪我など身体的・精神的健康)」
「安全環境(安全で快適な環境が常にある)」
などが前提条件となるだろうか。
(ここまで書いて、動物福祉の「5つの自由」だと気付いた。)

次いで必要なことは、社会化だろうか。
適切な社会化が行われていれば問題はかなり減るだろう。
社会化の定義はさまざまあるようだが、
フォックス博士の『犬のこころがわかる本』によれば、
「生まれた子供がまず母親に、次に遊び仲間に、そしてさらに外部の個体にと、情緒的になついていく過程のことである。」とのこと。

また、飼主とコミュニケーションがとれていることも重要。
行動研究の立場からは「他個体の行動に何らかの影響を与えること」
と定義づけられるようだが「影響」には「意図」が必要である。
相手に働きかけることで相手の行動が変わることが必要なのだ。

共存のためには、相手の気持ちを尊重することが重要。
攻撃行動を引き出すようなコミュニケーションはまずい。

例えば、
無理やり犬に何かをした時に、普段から飼主が自由に体を触ることを
許容している犬は問題が起きにくいだろう。
また、飼主のことを少し怖いと思っている犬は、
嫌だけれども我慢していて、その閾値を超えなければ大丈夫だろう。

飼主を「信頼」している犬も多少の無理やりは我慢すると思う。
「信頼」とは何か?を考えると、
「これまである状況において問題が起こらなかっただけでなく、
積極的に相手を頼りにしている」という状態や関係だろうか?
(そのためにも安全なコミュニケーションや、その人の意思に
従ったときに起こった楽しくおいしい経験がものをいう。)

次いで抑制。
集団で暮らすためには抑制が欠かせない。
お腹がいくらすいていても、僕があなたの家の冷蔵庫を
いきなり開けることは許されないし、開けることもない。
ちゃんと抑制している。でないと社会は成り立たない。

抑制を伝える方法は、抑制がメリットにつながると教える方法と
罰を与えてその行動を抑制する方法の2つあると思う。
後者は行動は抑制されても感情は変わらないこと、
状況によっては逆に悪化するなど副作用があるので注意が必要だ。

なかでも「正しい行動」の学習が欠かせない。
経験をもとに犬は自分でどんどん学んでいく。
できれば飼主の意図する行動を学んでもらえれば共存しやすい。
「正しい行動」=「人が犬に求めるお行儀の良い行動」ということ。

教え方は「科学的」に考えれば、
4つの法則」にのっとって考える。
考え方によってどの法則を使うかは異なるだろう。
ただし、「弱化」についてはデメリットを理解しておく必要がある。

最後は、「無償の愛」のもとになる愛着行動。
基本的には、子どもが親について回るような行動だ。
「安心」「不安」「回避」「混乱」がキーワードとなる。
愛着については勉強中だが、「きづな」などと関連するのだろうか。


以上をまとめると、

「5つの自由」       :自然な行動と安全な環境
「社会化」         :仲間を認識する
「良いコミュニケーション」 :相手を尊重するコミュニケーション
「抑制」          :社会を維持する我慢
「信頼」          :頼りにされる経験の積み重ね
「正しい行動の学習」    :人との暮らしのルールを教える
「愛着行動」        :無償の愛

っと言ったところか。

共存のルール

wolf park 服従?

犬が階級社会で生きる動物だとしたら、
飼主が犬より上位に立つことで犬は安心して暮らせるし、
余分なことに「責任」を持たなくて良いので
過度なストレスから解放される。

犬にそれを認めさせるには
上位の犬たちが振る舞うように振る舞えばよい。
しっかり基本的な欲求を解消させた上で、
勝手なことをすれば叱ったり脅したり時には咬んだり…。

再会した時には無言で堂々振る舞い、
何事も飼主の判断を優先する。
先に出たければ先に出て、後で食べたければ後で食べる。

飼主は犬の上位に立つために、
もしくは自分の欲求を満たすために、
犬の要求は無視し、犬にナメられないように振る舞う。

犬は飼主の言うことをよく聞き、
忠実で誠実で献身的な相棒としてその勤めをはたす。
飼主は犬がその責任を果たせば、しっかり褒めて愛情を注ぐ。

イヌとベッド

犬は階級社会つくらず、人に似た社会構造を持つと考えれば、
犬を我々の“しもべ”のように扱うのではなく、
家族の一員であり、個性を持った愛すべき仲間として迎え入れる。

お互いの意思を尊重しあう関係づくりが目標となる。
家の中で犬を飼い、どのスペースも自由に移動可能で、共に寝る。
可能な限り危険を回避し、飼主は犬の保護者のように振る舞う。

犬について上下関係で物事を判断しないので、
犬の意思を尊重し、小さな要望に耳を傾け、
威圧的でなく、無理やり何かを強制することもなく、
嫌がることは少しずつ慣らしていく。

家庭では多少問題があっても管理がしっかりしているので
大きな問題には発展しない。
おりこうな行動を褒めながら少しずつ教え、
行儀がよくなると管理を減らしていく。


どちらの飼い方でも人と犬は仲良く共存できると思う。
また、どちらの考え方でも問題行動は起こり得ると思う。
では、犬と人が共存するための最低限必要なことはなんだろう。

犬の生物的な限界を超えない限り、人の勝手な解釈や待遇の変化の中でも
人と共存できる潜在能力を犬は持っていると思う。
だからこそ様々な人文化の中で1万年以上繁栄してこれたのだろう。
(もしかすると犬の存在が人に繁栄もたらしたのかもしれないが…。)

次回は「犬との関係にはこれが大事なのだ・・」を考えたい。
つづく
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