FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ犬に言うことをきかせるのか?

「犬育てクラス」には、仔犬と成犬のクラスがある。
成犬のクラスの最初のオリエンテーションを新しく改定した。
そこで資料に入れた文章のひとつを転載する。


人が犬と暮らす理由は
「仲間としてともに暮らす」ためや
「人の欲求や要望を犬に満たしてもらう」
(癒しやスキンシップ、子どものため、ドッグスポーツ…)
などさまざま。

いずれにしても人と犬の双方にストレスのない暮らしが理想です。
しかし、犬への「過剰な要求」や
お互いの「過度な依存」はストレスのもと。

「わがまま」な犬も思い通りにいかないと
癇癪(かんしゃく)を起しますし、
たとえ犬のためでも「無理やり」は犬の信頼を失います。

お互いに相手の気持ちを尊重する暮らしが
「リードの両端の幸せ」につながるのです。

犬の気持ちを尊重するには犬の意思を的確に読み取り、
犬にもお行儀よく意思を伝えてもらいたいですね。

そして、人の気持ちを尊重してもらうには
人の意思を犬に理解してもらう必要があります。

人が犬のことを知り、
しっかりとコミュニケーションが取れるようになれば、
お互いがスムーズに暮らすためのルールを共有できるでしょう。

大事なのは、一方的に「言うことをきかせる」ことではなく、
「お互いの気持ちを尊重する」という信頼関係なのです。
スポンサーサイト

「動物の福祉」と「動物の権利」

人と動物の関係を考えるときに「立ち位置」を意識すると
理解しやすくなると思う。

例えば、「人と犬の暮らしのルール」を考えるとき、
自分の立ち位置が「動物の福祉」的なのか、
「動物の権利」的なのかで答えは変わってくる。

僕の理解の範囲で2つを比べてみるとこうなる。

「動物の福祉」は人間中心的な思考で、動物の利用を認める。
その代り、利用する動物の「福祉」に配慮すべきだと考える。
究極は動物を「食べる」という利用法になるだろうか。
作業犬や補助犬、動物実験も「3つのR」に配慮した上で
必要なら認める考え方だ。

「動物の権利」では、命は平等だと考える。
そのため動物の利用は認めない。もちろん「食べる」こともしない。
(犬の権利は認め、かつ牛肉を食べることは種差別につながる)
究極は動物を「所有」しないことにつながるだろうか。

双方とも動物に苦痛を与えることを良しとしないし、
QOL(生活の質)を大事にし、「5つの自由」を求める。
(後者はイギリスで産業動物の福祉の必要性から生まれた)

もちろん各々の考え方にも幅があるだろうが、
ペット(犬)について双方の考え方は微妙に異なるのではないかと思う。

「動物の福祉」的な発想のひとつの例がリーダー論だろう。
リーダー論は犬にとっての資源を管理(勝手に得られない)し、
人の許可でその資源を与えることで関係をつくる、という考え方だ。
(オペラント条件づけの確立操作とは分けて考えたい)

人が主導権を握って犬の行動を管理し、福祉を考えるということだ。
その上で、一方的な搾取ではなく、犬の意思をある程度尊重し共存する
という考えも含まれるだろう。

「動物の権利」的な考え方では、動物も人と対等な立場である。
犬の安全が確保される限り、自由を奪ってはならないし、
犬の意思を尊重した接し方をすることは必然だ。
犬は「仲間」であり、尊厳をもって扱われるべきである。
そう考えると犬を濫用する現代では「飼わない」という選択肢もある。

なんだか難しい話になってしまったが、
自分の立ち位置をはっきりさせておくと物事を判断する指標になる。

僕の立ち位置は、「動物の福祉」的な考えの中で
「動物の権利」に近いあたりをウロウロしている。
動物のお肉はおいしくいただいている。
もちろん犬は食べないが・・。



連続したボディーサインを見る

犬との暮らしで大切なのは犬と信頼関係を結ぶこと。
そのためには「無条件の愛情」と3つの要素が必要だと思う。

「無条件の愛情」とは「・・だから好き」とか「・・でないから嫌い」
ではなく、現在の存在そのものを認めるところから始まる。

3つの要素はこう考えている。

1.価値を高める:飼主が犬にとって大事な存在であること。
         お互いの気持ちを尊重することが大切。
         
2.コミュニケーション:お互いの意思疎通が可能なこと。
         飼主が犬のボディーサインを読めること。
         犬が飼主の意図を理解できること。

3.抑制:社会的な動物には「抑制」が不可欠。
         (抑制についてはまたの機会に)

もちろん、他にも大事なことはあるだろうが、
最も大事のはコミュニケーションだと思う。

特に犬のボディーサインは奥が深く、理解(解釈)するには
飼主にトレーニングが必要だと思う。
(トゥーリッド・ルーガス氏のカーミング・シグナルは
ご存知の方も多いと思う。トゥーリッド氏についてはたくさん
書くことがあるので、またの機会に。)

最近、そんな「犬とのコミュニケーション」に役立つ良書が出版された。
「ドッグ・トレーナーに必要な『深読み・先読み』テクニック」
ヴィべケ・S・リーセ著、藤田りか子写真・編集 がそれだ。

犬のボディーサインは連続した動きの中で解釈することが望ましい。
感情は周囲との関係の流れの中で細かく変化するためだ。
このことを意識させてくれたのは、
ケン・マッコート(犬の行動のカウンセラー)のトレーニングキャンプだった。
キャンプでケンの撮影した連続写真を見ながら
その解釈を聞くのがとても刺激的だった。
(今年も11月に開催予定なので興味のある人はD.I.N.G.O.の
ホームページをチェック!)

この本では、犬のコミュニケーションの過程が連続した写真で紹介されている。
解説文を読みながら、自分の解釈との違いを見てみるのも楽しい。

P.I.G.

前回に引き続き、もう少し自己紹介を。

三重県には仲間のインストラクターが何人かいて、
その仲間とインストラクターのグループをつくっている。

会社のように利益を共有することはないのだが、
共通のカリキュラムを使用し、
宣伝のチラシやクラス開催の場所も共有している。

クライアントからの依頼は一括でお受けし、
曜日や場所、問題の深刻さによってインストラクターを
ご紹介している。

グループの名前は「P.I.G.
Pelan-pelan instructor gathering の略で、
Pelan-pelan はインドネシア語で「のんびり」や「ゆっくり」の意味。
訳すと「のんびりインストラクターの集まり」という感じか。

インストラクターは、それぞれ自分で仕事をし独立している。
協働できる部分を協力し合う関係だ。

月に1度の勉強会の開催や生協と一緒に「犬育てサービス」、
動物病院や行政との協働もある。

個人では難しい公共的な活動ができるといいなと思う。

今日から始める初ブログ

日々感じたり考えたりしたことをすぐに忘れてしまう。
記録に残しておくことと、人に知ってもらうために
ブログを始めることにした。

今日は初回なので、簡単な自己紹介をしようと思う。

職業は、家庭犬インストラクター。
犬についての知識を伝えるために短大で特任助教
(毎日学校にはいないせんせ)もしている。

一緒に暮らす犬は2頭。14歳半のラブラドールと
間もなく13歳のG.シェパードで
どちらもおばあちゃんだが年齢の割に元気でいてくれる。

昨年までは2階の寝室(3帖!)で犬2頭と寝ていたのだが、
さすがにラブの足腰が弱ってきて階段の上り下りがキツいので
(抱いておろす僕の腰が)ラブは居間のベッドでひとり寝ている。

仕事の大半は、飼主さんに「犬」についてや、
犬とのコミュニケーションの方法を伝えること。
それに仲間と新しい思いつきについてあれこれ話している時間も
仕事のうち。

最近は「犬育てクラス」の新しいテキストやカリキュラム作りと
短大の授業の準備で机に向かっている時間が長い。

クラスのことを以前は「しつけ方教室」と呼んでいたが、
どうも犬に対して上から目線なのと
「しつけ」と称して体罰を容認する雰囲気もあるので、
最近は「飼主も犬もお互い学びあう」という意味で
「犬育て」と呼んでいる。

日々世の中では人と犬との関係が移りかわっていくので、
追いつくためにいろいろ考える。
そんなことを少しずつ書いていきます。

DSCN2142_convert_20110914010127.jpg
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。