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弱化と消去の合図

犬との暮らしや犬育てクラスで教えていることを科学の目でみると
どう説明できるのだろうか?
その作業は心理学の基礎教育経験のない僕には結構困難なことだが、
正しいかどうかは別にして考えるだけでも楽しい。

と言い訳をしたうえで、今回は弱化と消去の合図について考えたい。

ある行動をやめてもらいたい時は、弱化と消去を使う。
並行して別の好ましい行動を強化していく(分化強化)のが常道。
その行動に悪い感情が影響しているなら系統的脱感作や拮抗条件づけ
も必要になる。

その弱化と消去について、僕が現場で使っている合図は以下の4つ。
(⑤は使っていないがついでに考えてみた)

①「あっ」
②「残念!」
③「ちがう」
④「おしまい」
⑤「Leave it!」

①「あっ」は、やめてほしい行動をしようとした瞬間に使う。
合図の後に好子を取り去り、その行動をやめれば報酬を与える。
教える際は、開いた手のひらにフードを置き、
犬が食べに来ようとしたら「あっ」と言って手を閉じる。
で、食べに来るのをやめたら「ヨシ」でフードを与える。

言い換えると
「食べに来る行動(頭を近づける)」を好子消失で弱化し、
「食べに来るのをやめる行動」(頭を離す)を好子出現で強化する。
繰り返すと好子出現阻止の弱化により食べに来なくなる。
(マテと同じ仕組み:これについてはまたの機会に…なかなかですが)

②「残念!」は、やめてほしい行動をしてしまった時に使う。
合図と同時に好子を取り去る。好子が得られないように管理が必要。

言い換えると
「食べに来た行動」をフードを隠すなど好子消失で弱化する。
(またはリードで止めるなどフードを得る機会を奪う。)
まあ、やっちゃったね、残念でした、って感じ。
好子が得られると「行く行動」が強化されてしまうので要注意。

③「ちがう」は、別の行動をとって欲しいときに使う合図。
その行動の前後では環境の変化がない=ご褒美がない=消去と伝え、
別の行動をすれば好子出現で強化する。

なので分化強化の合図と言えるだろうか?
消去するのは特定の行動というわけではないから
分化強化とは言えないか…。

教える際には「ちがう」が特定の行動(例えばフセ)の合図にならないこと、単に消去の合図にならないように注意が必要。

④「おしまい」は、消去の合図。
もうご褒美は出ないと伝える。

「おしまい」の後に要求行動に応えて「じゃあ、あと一つだけね」
などは厳禁。もうひとつオヤツをもらえる合図になってしまう。

③④の消去の合図のメリットは何と言ってもバーストが起きないこと!
チェッ!くらいのことは言うかもしれないが、合図を理解すれば、
バースト(行動が一時的に激しくなる)が起こることはない。

⑤の「Leave it!」はよく使われる合図で、「無視しなさい」という
意味で使っている…ように思う。

教え方は好子を除去(負の弱化)するというよりは、
嫌子を与えている(正の弱化)ように感じる。
(合図の声が少々怖いように思ったのだが…)

好子消失による弱化と別の行動を好子出現で強化していると考えれば、
「あっ」と同様の随伴性になる。

5つを使い分けると非常に便利な合図であることは確か。
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系統的脱感作

問題行動の解決手法には、
分化強化、消去、弱化、馴化、古典的条件づけなどがある。

恐怖反応の解決については、
系統的脱感作と拮抗条件づけなどがある。

これまで系統的脱感作は馴化の一手法、
拮抗条件づけは古典的条件づけの一手法だと思っていた。

拮抗条件づけとは、恐怖を感じる刺激と好子を条件付けて
感情を変えていくもので古典的条件づけの手順で行う。

で、系統的脱感作だが、
弱い刺激にさらし反応しなくなったら、徐々に刺激を強めていく手法。
これを馴化だと勘違いしていた。

馴化の一手法でもあるので、間違っているわけではないのだが、
古典的条件づけの一手法でもある。

つまり、恐怖刺激が無条件刺激(生得的な恐怖)の場合は馴化であり、
条件刺激(習得的な恐怖)の場合は古典的条件づけの消去となる。
(『アニマル・ラーニング』にちゃんとそう書いてあった!)

わかったつもり…はとても怖いですな。反省。

これまで行ってきた系統的脱感作と拮抗条件づけの方法が
間違っていたわけではなく、手法や手順に間違いはないのだが、
理解が浅く、原理と定義をわかっていなかったということ。

僕たちインストラクターは現場で困っている犬や飼主さんを前に、
持てる知識と技術を総動員して何とか現状を改善しようとする。
そしてその対価をいただいて生活している。

本来、問題行動には行動治療の専門家があたり、
我々の役割はその治療指針の趣旨にのっとった治療のお手伝いや、
問題を予防するためにできることを飼主さんにお伝えすること。

そして、楽しい犬との暮らしを提案し
「リードの両端の幸せ」のお手伝いをする、それが仕事。
しかし、実際に問題を抱える飼主さんと犬が目の前にいて、
身近な所には問題を解決できる専門家は見当たらないのが現状。

そんな中で少しでもお役にたてればと悪戦苦闘の毎日。
少しでも新しい情報があれば遠くても聞きに行き、
ベースとなる学問的な知識を得るために専門書を読みかじり、
飼主さんと話し合いながら現場で試していく。
(ある意味無責任な作業なので飼主さんの理解は欠かせない)

最近になって少しは知識も増え、解決法も見え、
経過もある程度予測できるようになってはきたが、
専門的な基礎学問や応用的な学問を体系的に学んだわけではない。
今回のようなことは頻繁に起こる。というかその連続。

犬や猫の行動治療の専門家が増えてくれば、
我々は本来の役割に専念することになるかもしれない。
社会的な意義はあると思うので経済的に成り立つ職業になるかどうか
がカギかもしれないが、そうなってほしいと思う。

それまでは、謙虚に正しい知識を学び、腕を磨く努力が必要だ。
かつ、科学的な視点を持ち続け、切磋琢磨できる環境を作りたい。

先日、ある研究者がおっしゃっていた。
科学者は常に「ホンマかいな」の視線にさらされている。
それによって少しでも正しい方向に進んできたのが科学。
トレーナーやインストラクターにもそういった視点と
検証の場があるとよりよくなるのではないか。

その通りだと思う。

般化と弁別

家の中で「オスワリ」と言えば座るのに玄関ではできない。
人が座っているときは「フセ」で伏せるのに立っているとできない…
ということがよく起こる。

できない理由はいくつかある。
ひとつは、しっかりと「理解」していない。
ひとつは、環境の刺激が強すぎる。
ひとつが、しっかりと「定着」していない。

今回はこの定着について考える。
犬は学習の過程でいろんな「条件」を関連づける。
その「条件」が変わると「別のパターンだ!」と解釈してしまう。

文頭の例では、
前者は「場所」が違い、後者は「人の姿勢」が違うのだ。
このように「違い」を見分ける能力を「弁別」と呼ぶ。

その反対に「共通」の部分を見つけ出す能力が「般化」。
今から100年ほど前にアメリカでJ.B.ワトソン博士が
「アルバート坊やの実験」を行った。

生後11ヶ月乳児(アルバート坊や)が白いネズミを怖がらないことを
確認した後、白ネズミを見せてから大きな音で乳児を驚かせる。
何度か繰り返すと白ネズミを見ると恐れるようになり、
それどころか、それまで怖くなかった白いウサギや犬、
白い毛のついたお面、脱脂綿までも恐れるようになった。
(こんな酷い実験は現代では不可能!)
「白い」という共通部分を見つけ出し「怖い音」とを関連づけたのだ。

本来、犬は「弁別」が得意で「般化」が苦手だ。
しかし、「恐怖」に関しては「般化」がおきやすいことが知られている。
生存に役立つため、その特徴を持つ犬の生存率が高まったのだろう。

なので、
犬に何かを教える時にはいろんな場所で、いろんな姿勢で、と
環境を変えて練習することが大事になる。
また、怖がるものには慣らし続けないと似たものを怖がり、
ますます怖がりになることがよくある。

恐怖をなくしていく方法はさまざまだが、
怖いものは「般化」するのでどんどん増えていき、
慣らしたいものは「弁別」によって細かく分類するので
とても面倒だ。(でも犬にとってはそんなこと言ってられない。)

できれば安心できる環境で、
怖がりでない父犬と穏やかな気質の母犬から生まれ、
しっかりと社会化エクササイズを行った仔犬と
犬にとって善良な人や犬と一緒に、快適な環境の中で暮らせると
多くの問題行動が起こらないのではないだろうか。

こう並べると現状では結構ハードルが高い。
これが「普通」の世の中になるように頑張らねば…。

個人攻撃の罠

人それぞれ性格があり、特徴的な行動・思考パターンがあると思うが、
自分の特徴で気に入らない部分は誰しも持っていると思う。
その時に、自分を責めるのではなく、
特徴を理解しておくとよいのではないかと思う。

自分も含めてよく思うのは
人間ってほんとに一方的だなということ。

パピーの留守番時におやつをキチキチに詰め込んだコングを与えるが
帰ってくるまで食べていない。
しようがないので「どうして食べないの?」とか言いながら、
ほじくり出して与えて思う。「この子はコングがダメなのね。」
・・・最初は、簡単に取れるようにしてあげないと食べられないのに。

トイレシーツが汚れても替えることなくトイレ以外での排泄を叱る。
「どうしてわからないんだ!」
・・・清潔好きだから、そして仔犬(赤ちゃん)だから。

若い犬にガムも与えず散歩にも連れて行かず、
大事な家具をかじると嘆いてみる。
「こんなイタズラ好きはいないぞ!ばか!」
・・・エネルギーが余り、ストレスが溜まっているのに。

人間ってなんて酷いんだ!
あの人はなんて酷い飼主なんだ!
と言ったところで何も変わらない。

なぜあの人は「酷い人」なのか?あんな酷いことができるのだから。
なぜあんな酷いことができるの?それは「酷い人」だから。
こういうのを循環論というそうだ。

問題があるときに個人のせいにしてレッテルを貼り攻撃する。
これを個人攻撃の罠という。
「彼には責任感がない」「あいつはルーズだから」「彼女は頑固者だ」
などがそう。これでは問題は解決しない。

問題の行動をすることで何か強化が起こっているはずだ。
その強化・弱化の仕組みを変えないと問題は解決しない。
無知から問題が起こっているのなら情報を得る機会を作り、
仕組みに問題があるならシステムを変えればよい。

他人の行動を変えるのは難しい。変えられるのは自分の行動のみ。
そう考えると自らの行動を変えることで環境を変えるしかない。

この個人攻撃の罠はとっても強力で、
わかっちゃいるのについ「あの人は・・」と思うことが多い。
冒頭の「人間って一方的」というものレッテル貼りのひとつだろう。
これも僕の思考パターンの特徴だと自覚して、
個人攻撃の罠にはまっていないかを常に意識していたい。

そうすると周りの人や犬たちや環境を見る目が変わってくると思う。
良い行動に目を向けて関心を示し、
困った行動はなぜその行動が起こっているのか環境をチェックする。

そうすれば相手は自分が受け入れられていることを感じると思う。
自分を否定する人との共同作業はつらい。
とはいえ僕にとって一番難しいのは、わが家の重鎮への対応。
なんてむずかしいのだろう。
人間って矛盾を抱えながら生きる動物なのだな。


強化と弱化

僕たちP.I.G.(インストラクター仲間の集まり)のモットーは
「リードの両端の幸せ」。
そのために犬と飼主さんの「お互いの気持ちを尊重する」ような
信頼関係づくりのお手伝いをしている。

以前に書いた犬のわがまま状態は、犬にも飼主にもストレスのもと。
バランスよく「お互いの気持ち」を大事にしたい。

信頼関係づくりには、
飼主が犬の気持ちを読み取ることが重要だが、
今回は犬に飼主の気持ちをどう伝えるかを考えてみる。
それには犬がどう学ぶかを理解する必要がある。

犬は試行錯誤の結果で学ぶ。オペラント条件づけと呼ばれている。
仕組みは簡単。
何かやってみて犬にとって良いことが起こればその行動を繰り返し、
(自発行動の結果、好子出現か嫌子消失により行動の発生頻度が増え)
悪いことが起こればその行動をしなくなる、
(自発行動の結果、嫌子出現か好子消失により行動の発生頻度が減る)
ということ。

行動の発生頻度が増えることを「強化」、減ることを「弱化」と呼ぶ。
(「弱化」は英語では「罰」を表す言葉になるのだが、次に述べる
「正」=(陽性)、負=(陰性)」と共に混乱のもとなので
「行動分析学入門」(産業図書)にならって「弱化」とする。)

好子にしろ嫌子にしろ「出現」するのは「+」なので「正」と言い、
「消失」するのは「-」なので「負」と言う。

犬にとって行動の結果、
好きなものが出てきてその行動の発生頻度が増えることを「正の強化」
嫌なものが無くなってその行動の発生頻度が増えることを「負の強化」
好きなものが無くなってその行動の発生頻度が減ることを「負の弱化」
逆に嫌なものが出てきてその行動の発生頻度が減ることを「正の弱化」
という。

僕たちは犬の学習に「好きなもの」を利用する。
「正の強化」と「負の弱化」だ。
効率的なのだが「弱化」にはデメリットもあるので要注意。
(わが家の子育ての面白い?話があるので近いうちにご紹介します。)
「嫌なもの」はさらにデメリットが多いし、人道的でないので使わない。

犬の意志表示がどんな行動であれ、
その結果、犬の願いが叶えばその行動は増える。

犬の人への意志表示は人にとって「おりこう」な行動に限定し、
それを犬との間での共有ルールにすれば「おりこうな犬」になる。
逆に、迷惑な行動(吠えるや飛びつく)が報われれば
いわゆる「お行儀が悪い犬」になる。

なので、「おりこう」な行動に応え、
「行儀が悪い」行動は報われなければよい。

犬の行動で、最近よく吠えるようになってきた、とか
以前はよくしていたのに最近はしなくなったと感じる時、

前者は「強化」が起こっているので、吠えた結果、犬にとって
「好きなことが出てくる」か「嫌なことがなくなっている」はずだ。

後者は「弱化」が起こっているので、その結果、犬にとって
「嫌なことが出てくる」か「好きなことがなくなっている」はず。

僕たちインストラクターはそんなことを考えながら
飼主さんのお話を聞いている。

ちなみに「好子」が必ずしも「好きなもの(こと)」ではないことが
もうひとつの「行動分析学入門」(集英社新書)に書かれている。
ゴキブリホイホイの話だ。

ゴキブリホイホイを仕掛けたときの「好子」は、
中にゴキブリが捕まっていることだが、
多くの人にとってゴキブリは「好きなもの」ではない。

なるほど。

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