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ペットショップに行く前に

犬をどこで手に入れるか、はとても難しい。
犬種の特性をつかみ、自分の生活パターンにあった犬種を選び、
社会化の知識と経験を十分に併せ持ったブリーダーさんを探し、
最良の方法と時期にわが家に連れ帰る。
それが一つの理想。

もう一つ考えたいのは、
保護された犬たち、社会からあふれ出た犬たちを迎え入れること。
仔犬でも成犬でもよいが、
シェルターから犬を引き取ることも考えてみてはどうだろうか?

成犬を引き取る場合はいくつか気をつけるべきことがある。
「疑り深い犬(後)」で書いたように、
シェルターや一時的に預かっていた家では警戒心から本当の資質が出ず、
新しい家庭に来てから自己主張が始まりそれが問題となる場合がある。
また、人の対応が変わるためそれが原因で問題が起こることもある。

いずれにせよ問題は解決すればよいのだが、
里親になる人は予め「そんなことがある」と知っておくとよいと思う。

犬を引き取る場合の条件はシェルターや自治体によっても異なるが、
しっかりした厳しい条件を提示しているところがよいと思う。
特に自治体は「こんな人がよい飼い主だ」という啓発的な役割も担う。

そんな中、とても共感できる活動をされている方を発見!
「ペットショップにいくまえに」という小冊子をつくられた
どい かや さんという絵本作家さんだ。

「ペットショップにいくまえに」で検索するとトップに出てくる。
小冊子は無料ダウンロードできA4サイズでプリントアウトし、
両面印刷して四つ折りにし、少しはさみでチョキチョキして
ホッチキスをパチンで、小冊子の出来上がり。

子どもから大人まで、
非常にわかりやすくかつ簡単に人に勧められる。

短大では、一番最初の授業で学生に作ってもらう。
来年からはひとり2つ作ってもらってひとつは誰かに配ってもらおう。

ペットショップにいくまえに

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5つの自由

犬をペットとして飼うことは、動物の利用のひとつである、と思う。

他にも盲導犬、介助犬などの補助犬、警察犬、災害救助犬、
麻薬探知犬、番犬などさまざまな利用がある。

犬に限らず動物の利用を考えると、
僕たちは、牛、豚、鶏などの産業動物を食べたり、ミルクを頂戴したり、
皮などでカバンや靴や衣類を作ったりする。

製薬会社や研究施設では、ラット・イヌ・サルなどでは
動物実験を行い、その商品を僕たちは購入する。

戦争でも多くの動物が使われる。

身近なところではTV番組やコマーシャルで動物を見ない日はない。

その他にも人間は多くの動物を利用して生活している。

利用が倫理的に認められるかどうかは様々な意見があるだろうが、
利用する以上、その動物の福祉は人がしっかり配慮すべきだろう。
利用される動物は配慮される権利があるという考えもある。

動物の福祉を考えるうえで欠かせない考え方に「5つの自由」がある。
イギリスで産業動物の福祉のために考えられた。
それが現代では家庭犬にも適用されるようになった。

「5つの自由」に現在の犬との生活を具体的に当てはめてみた。

①飢えと渇きからの自由(十分な給仕と給水)
  → 1日2回以上の食事/体重管理/いつでも水が飲める…

②不快からの自由(衛生的でストレスがない)
  → ケアーを受け入れる/トイレや居場所の掃除/暑さ・寒さ…

③自然な行動をする自由(習性の確保)   
  → 匂い嗅ぎ/社会的接触/身体をこすりつける…

④痛み・怪我・疾病からの自由(病気やけがへの適切な対処)
  → ケアーが必要/治療を受ける…

⑤恐怖や抑圧からの自由(肉体的・精神的苦痛からの解放) 
  → 体罰/脅し/長時間の一人の留守番/長時間のクレート
    /短い鎖… の禁止

さて、わが家の老犬は「5つの自由」を満たしているだろうか?


「動物の福祉」と「動物の権利」

人と動物の関係を考えるときに「立ち位置」を意識すると
理解しやすくなると思う。

例えば、「人と犬の暮らしのルール」を考えるとき、
自分の立ち位置が「動物の福祉」的なのか、
「動物の権利」的なのかで答えは変わってくる。

僕の理解の範囲で2つを比べてみるとこうなる。

「動物の福祉」は人間中心的な思考で、動物の利用を認める。
その代り、利用する動物の「福祉」に配慮すべきだと考える。
究極は動物を「食べる」という利用法になるだろうか。
作業犬や補助犬、動物実験も「3つのR」に配慮した上で
必要なら認める考え方だ。

「動物の権利」では、命は平等だと考える。
そのため動物の利用は認めない。もちろん「食べる」こともしない。
(犬の権利は認め、かつ牛肉を食べることは種差別につながる)
究極は動物を「所有」しないことにつながるだろうか。

双方とも動物に苦痛を与えることを良しとしないし、
QOL(生活の質)を大事にし、「5つの自由」を求める。
(後者はイギリスで産業動物の福祉の必要性から生まれた)

もちろん各々の考え方にも幅があるだろうが、
ペット(犬)について双方の考え方は微妙に異なるのではないかと思う。

「動物の福祉」的な発想のひとつの例がリーダー論だろう。
リーダー論は犬にとっての資源を管理(勝手に得られない)し、
人の許可でその資源を与えることで関係をつくる、という考え方だ。
(オペラント条件づけの確立操作とは分けて考えたい)

人が主導権を握って犬の行動を管理し、福祉を考えるということだ。
その上で、一方的な搾取ではなく、犬の意思をある程度尊重し共存する
という考えも含まれるだろう。

「動物の権利」的な考え方では、動物も人と対等な立場である。
犬の安全が確保される限り、自由を奪ってはならないし、
犬の意思を尊重した接し方をすることは必然だ。
犬は「仲間」であり、尊厳をもって扱われるべきである。
そう考えると犬を濫用する現代では「飼わない」という選択肢もある。

なんだか難しい話になってしまったが、
自分の立ち位置をはっきりさせておくと物事を判断する指標になる。

僕の立ち位置は、「動物の福祉」的な考えの中で
「動物の権利」に近いあたりをウロウロしている。
動物のお肉はおいしくいただいている。
もちろん犬は食べないが・・。



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