何のための「オスワリ」か?合図の意識化

「行儀がいい犬」と暮らしたい。
人的にいうと、礼節(礼儀と節度)を持った犬と暮らしたい。
とはいえ、犬は礼儀正しさを持って生まれてくることはない。

犬は人を良く観察しているので、
人と暮らしていれば自然と身につくこともあるだろう。

しかし、多くの場合、そのためには「行儀のいい行動」と
その行動を「いつ、どのくらい」するかを犬に教えなければならない。

これまで何度も考えてきたので、すっ飛ばしていただいてよいのだが、
報酬を使った動機づけトレーニングでは、まず自発行動を強化する。

手順は、座る → フード となる。

十分に自発するようになったら合図(弁別刺激)をつける。

「オスワリ」→ 座る → フード となる。

この段階で、「オスワリ」なしに座った時にもフードを与えれば、
犬にとっては「オスワリ」と言われようが言われまいが、
座ればフードがもらえることになる。

飼主の意志(「オスワリ」という言葉)は不要で
自分の意志(座ること)が重要だと犬は考えるだろう。
座るともらえるルールだと犬が理解するのだから、
もらえないとフラストレーションが高まる。

また、飼主の意志を尊重しないのだからわがままにもなり得る。
なので、合図をつけたら犬が自ら座ってもフードは与えない。

そうすると犬は合図を心待ちにし、
「オスワリ」と言われると嬉しくなるだろう。
合図をつけたらご褒美はフードからその他のご褒美にかえるとよい。
(ルールを「教える」ときはフードを、
ルールを「守る」ときはその他のご褒美を不定期に)

しかし「行儀がいい」とは、飼主の言ったことに従うことではなく、
犬が状況に合わせてその場にふさわしい(と人間が感じる)行動を
とることだと思う。

その特定の状況を「環境の合図」と呼ぶ。
そのシチュエーションが行動の弁別刺激となるのだ。

その場合の強化子は食べ物でなくてよいと思う。
でないと一日中、捕食行動が誘発されストレスレベルが高まる。
穏やかな暮らしに食べ物は不要だ。

犬のストレス

「これを見てはいけない」と言われるほど見たくなる。
そんな好奇心をくすぐる心の動きを「カリギュラ効果」というらしい。
心理学では「心理的リアクタンス」と呼ばれている。

ローマ皇帝カリギュラを描いた映画が暴力的・性的シーンの多さから
上映禁止になり、それ故に爆発的ヒットにつながったという。
しかも公開当初の娯楽映画としての評価が
上映禁止後は芸術映画として高評価を得るという
「おまけ」までついてきた。

このような効果は、子どもの世界ではよく見られる。
禁止されるほど価値は高まるのだ。
以上は『フシギなくらい見えてくる!本当にわかる心理学』
植木理恵著(日本実業出版社)で紹介されている話。

犬に興味のないおもちゃで遊ばせたいときには
飼主が楽しそうに遊ぶ姿を見せて、少しでも興味を見せたら隠す。
こうして興味を沸かせる。
(これも確立操作の一種だろうか。)

上記の著者はこの現象を「自己効力感」にあると考えている。
「自分のことは自分で律したい」という生得的本能があるゆえに
「これはダメ」と言われると一種のストレスを感じ
自分でコントロールしたいと思うようになるというのだ。

「自己効力感」は高等な霊長類は持っているそうだが、
犬にもあるのだろうか?
自分で物事をコントロールしたいという欲求。
人や犬が「わがまま」になるのはそれゆえではないのか?

ラットのストレス実験(ヒドイものがたくさんある)で、
電気ショックを切るスイッチを教えたラットは知らないラットより
電気ショックのストレスを感じにくい。
(自分で状況をコントロールできるとストレスは感じにくい)
⇒(人間は管理職のほうが平社員よりストレスが少なく長生き)

しかし、そのスイッチを複雑にすると
スイッチを知らないラットより強くストレスを感じるという。
(自分で状況をコントロールできなくなると強いストレスを感じる)
⇒(能力を超える仕事を与えられた中間管理職がもっともつらい)

(『図解雑学ストレス』長嶋洋治監修 ナツメ社より)

「犬には服従心があるので飼主が物事を決めるほうが良い」
というのは間違っていることは確かだ。
危険のない範囲で、自由を与えるほうがストレスは少ないのだ。
ただ、今まで自由だったことが状況をコントロールできなくなると
強いストレスがかかるということがわかる。

なので犬には生活の中で自由にできない可能性のあることは
許可制にしておくことが望ましい。

これだけでは状況を
「コントロールできる」とストレスを感じにくい、
ということがわかるだけで
「コントロールしたい」と思っている
かどうかまではわからない。

犬は抑制を感じなければ自由に物事を判断するし、
環境への働きかけも行う。
これだけでは「自分のことは自分で律したい」ということには
ならないか。

また、考えてみよう。

老犬と暮らす(4)

やっと暖かく感じられる季節到来。
授業の準備に忙しい日々を過ごしている。

秋田犬のはなさんはとっても元気。
現在は月に2回ほどお邪魔する。
普段は家の隣の空き地を一巡して用を足し、
庭を歩き回り、玄関で寝る。

僕がお邪魔しても隣の敷地をうろつき家に帰ってしまう。
さすがに足は徐々に弱っているようにも思うが、
立たせてしまえば補助なしに元気に歩いている。


今回はわが家のラブ、ナワックの話。
3月に4月のシャンプーを予約した。
少し足腰に不安はあったが立っていられる状態だった。

3月下旬にナワックの顔が腫れてきた。
また歯茎が化膿したのかと抗生剤を飲ませたが変化がなく、
どんどん腫れが拡がるので動物病院へ。

腫れは浮腫によるもので腫瘍の疑いあり。
ステロイド剤をもらうとみるみるブルテリア顔からラブ顔に。
やはり腫瘍か。

それと共に足腰がどんどん衰え支えが必要になる。
はなさんで使っていた補助ベストと寝たきりを考えてマットを購入。
ステロイドが効かなくなり増量。
腫れると呼吸がしにくくなるので、そうなれば安楽死も覚悟。

シャンプーはキャンセルし、シェパードだけ連れて行く。
食事はどんどん贅沢になり、食事?という感じ。
おこぼれ目当てのシェパードがナワックの食事時を喜ぶようになる。

そのうち徐々に固形物を食べなくなり、ゼリー状のものを注射器で。
水も自力では飲まなくなる。
薬はマックス。
減らすと浮腫がおこるのでチーズでくるんで無理やりのどに。

顔の奥の腫瘍のようで場所と15歳という年齢を考えると手術はない。
後はCTで確認の後、抗がん剤による延命治療だが、
それも選択肢から外し、
このままできるだけ苦しませないよう看取ることに。

トイレも寝たきりでおむつにするようになり、
徐々に水分も拒むようになる。
数時間ごとに身体の向きをひっくり返す。
マットのおかげもあってか褥瘡はない。

時折呼吸がしにくくなるために、
犬のベッドの横で寝ることにする。
横に寝て2日目の昨日、朝に家族に囲まれて永久の眠りにつく。
涙の中で「ありがとう」と伝える。

死後硬直の後、今朝、硬直が解けてくる。
鼻から体液が漏れ続ける。(鼻に詰め物はやめた。)
段ボールの中に寝かせて花で飾り
単独で火葬してもらえる隣町の斎場でお別れ。

怒涛の1ヶ月だった。今となってはあっという間。
こんなに経過が早いとは思っていなかったが、
これまで長い時間を一緒に過ごせて感謝。
お骨は庭に埋め、木でも植えようか。

追伸
まことに勝手ながら、供花などは辞退させていただきます。

犬育てと子育て

小学校や幼稚園の先生、保護者の方を対象に
何度かお話しさせていただいたことがある。

もちろん子育てについて僕が話すべきことはないので犬育ての話だ。
その中に一つでも子育てのヒントを見つけていただければ、
という企画だった。

結果は手前味噌になるが、
人間の子どもにも多くのことが当てはまるとご好評いただいた。
そのご縁で何度かお話しさせていただいたのだが、
犬を育てることと、子育ての大きな違いは何だろうか?

セミナーでも最初に皆さんと考えるのだが、
犬は生活の多くを飼主の判断に任せて一生を送る。
もちろん犬自身で物事を判断しながら生きるのだが、
飼主無くしては生きていけないのだから人に依存する部分は大きい。

人も子どものころは多くを親や大人に依存している。
しかし、成長につれ依存度合いは減少し、
自らの判断に責任を負いながら自立することが目標となる。
そのためのトレーニングが必要だ。

その異なるゴール地点が大きな違いとなると思う。
動機づけ学習では、双方とも行動が自発されることが重要になるし、
成功へ導くよう環境を操作するのも同じだと思う。
学習の原理は変わらないのだから当然と言えば当然。

ただ、報酬が何であるかが大きく異なる。
犬の場合は外的報酬を利用することが多く、
子どもの場合は外的報酬も重要だが、内的なものも考慮する。

外的報酬とは、文字通り外から得られる報酬で、
食べ物や遊び、褒められることや環境の変化などが中心。
内的報酬とは、外部からはわかりにくいが達成感など。

もちろん子どもの場合も、他者から褒められるなど
外的報酬も多く必要となるが、ボタンが自分でとめられたり、
夢中で絵を描くなど内的報酬が重要になる。

子どもに外的報酬を与える場合、気をつけないと
報酬自体が目的化し、内的報酬をなくしてしまうことがある。
例えば先の絵を描くということを考えてみるに、
最初は、夢中で好きな絵を描いていたのに、
大人から褒められることで、大人が気に入るような絵を描き始める。
これでは本末転倒だと思う。

最初にお話しした通り、子どもの行動問題も
犬の場合と同じ原理を利用している。
行動分析学という学問。

先日、行動分析学会主催の犬関連セミナーが開催された。
「ほめて育てるしつけの盲点」という題で、
内容は少し期待していたものと違ったのだが、
臨床心理士の奥田健次氏がパネラーとして参加されていた。

その奥田氏が紹介された事例の映像がまさに
普段犬の世界で我々が行っていることと同じだった。
(もちろん詳細な報告ではないので細部は異なるかもしれないが…。)

気になって著書を取り寄せてみた。
『子育てプリンシプル』(一ツ橋書店)と
『叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本』(大和書店)だ。
目次の「親」という文字を「飼主」とすれば
すぐにでも「犬の問題治療」の本になりそうだ。

面白そうなのでまたの機会に詳しくご紹介しよう。

食べ物以外のご褒美

ご褒美のルールは、
・犬にとって欲しい「もの」や好きな「こと」である
・勝手に得られない
・飽きていない
ということ。

好きな「こと」は出来事だけでなく、行動であったりもする。
行動がご褒美に?と思うが、これはプレマックの原理という。

硬く言うと
「発生頻度の低い行動の報酬に発生頻度の高い行動を使う」
ということ。

柔らかく言うと
「宿題したら遊びに行ってもいいよ」
ということ。

そうすると食べ物や撫でる、遊ぶ、おもちゃなどの他にも
犬にとってたくさんご褒美がある、ということになる。

例えば、匂いを嗅ぐ、ボールを追う、庭に出る・・・など。
そのために犬のボディーサインを見て何を求めているかを
読みとる必要がある。
犬も背中を掻いて欲しいのにトイレに連れて行かれても困るだろう。

また、飼主の持つご褒美の種類が多いほど、
飼主の価値は高まる。(般性強化子)

家庭のルールや行動を「教え」たければ、
ご褒美は食べ物が手っ取り早いし効果的だ。
その後、学習が進めば食べ物以外のご褒美に切り替えていく。

前回に考えた学習の流れは、

自発行動 → 弁別 → 般化 → 環境の合図化 

行動の始まりは自発行動を引き出すこと。
その段階でのご褒美は食べ物が便利。

座る → フード

これに合図が加わり弁別させると、

「オスワリ」 → 座る → フード

となる。

合図をつけたら「オスワリ」と言わない限り座ってもフードがでない。
こうして合図を意識化(弁別)する。
しっかり合図が理解できたら般化の「かきくけこ」の段階へ。
フードのご褒美は別のものに切り替えていく段階だ。

そこまでクリアすれば「環境の合図化」となる。
環境の合図に反応した時のご褒美(強化子)は
食べ物以外のものを利用したい。

環境の合図は普段の生活でおこる出来事を合図にしているので
食べものだけがご褒美だと、得られる時が限定されやすい。
(ご褒美の出るときと出ないときの弁別が起こりやすくなる。)

また、弁別が起こらないように食べ物のご褒美を
ランダムに使えたとしても(部分強化)
おそらく捕食本能が働くので興奮レベルが上がる。
飼主を見るとテンションが高まる傾向のある犬は要注意。

穏やかな暮らしを送るためにも
環境の合図には食べ物以外のご褒美を使ってはどうだろうか。
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